山崎市議、交付金不適切申請の件 7
すでに何日か過ぎてしまったが、4月24日の新聞に山崎議員による不適切申請に対する新城市の対応の記事が載った。
中日新聞

東愛知新聞

東日新聞

新城市は平成25年度(2013年度)、平成26年度(2014年度)分の交付金、合わせて93万6千円の返還を求めて、団体もこれに応じる、となったようだ。
「悪いコトしたんだから金を返せよな」というセリフは個人と個人の間柄なら説得力があるけれども、市という公的な団体が個人に「金返せ」と言うからにはその根拠となるモノ、つまり法律やら条令がなくてはならないだろう。
これは東日新聞の記事に書いてあって、「新城市補助金等交付規則」なるモノが返金を求める根拠になるらしい。
ではその返金を求める理由だが、
東日
「事業費用の支払いが完了せずに領収書を作成したのは交付金の交付要件から逸脱し(1)、信義則に反する(2)」
東愛知
「提出された領収書は事業が完了していないにもかかわらず、完了したかのように作成された(1)」
「市民に対する信頼を揺るがすものである(2)」
中日
「交付金の受給期限に間に合わせるため、虚偽の日付が記載された領収書を市に提出していた(1)」
抜き書きしてみたが、1番の理由は「虚偽の領収書」なのがわかる。
山崎議員は「仮の領収書」と説明していたらしいが、市は「虚偽の領収書」と判断したらしい。
(つまり山崎議員の領収書の説明はウソだと、新城市は判断したってことだよね)
もう一つの理由は「 信義則に反する 」。
東日新聞ではそのまんま「信義則」という言葉が使われ、東愛知新聞では「市民に対する信頼を揺るがすもの」=「信義則に反する」という使われ方だろうか。
実は初めて聞いた「信義則」なる言葉。
手持ちの電子辞書(広辞苑)で調べてみると
信義則=信義誠実の原則の略称。私法上、権利の行使や義務の履行のあたり、社会生活を営む者として、相手方の信頼や期待を裏切らないように誠意をもって行動することを求める法理。
解説文も難しい(苦笑。 「私法」ってなんだ?
「私法」 → 私益または対等な市民の生活関係について規定した民法・商法などの法律の総称。
「公法」 → 国や地方公共団の組織・権限または公益に関する法の総称。
法律的な言葉を正しく扱うにはどうしたらよいかワカランので、一般市民が辞書を引いたレベルで解釈してみよう。
つまり、信義則てのは「私法」に属する考え方のようだ。
今回の交付金のことに当てはめてみれば、団体と市とは、「対等な市民の生活関係」ということなのだろう。
対等故に、団体(市民)は提出する書類について、市の信頼を裏切らないよう誠意をもって作成しなくてはならず、市も提出された書類は信頼して誠実に(期限を守るとか金額も正しくとか)交付金を交付しなくてはならない、ということだろうか。
で、山崎議員属する団体は市の信頼を裏切る書類作成を行なった、つまり「信義則に反した」と、こういう事だろうかね。
そして全額返還を求めたというわけか。
その全額返還にも市長は難しい言葉を添えていて、「『 一罰百戒 』の意を込めて全額返還を求めることにした」。
この「一罰百戒」も辞書で調べてみると、
一人を罰して、多くの人の戒めとすること。
ふーむ、これはちょっと意味深な感じだ。
虚偽の領収書作成は山崎議員がやったことなのは明白なので、全額返還も山崎議員がそれを負うのだろう、と考えてしまうが、新聞をよく読めば市は「団体」に全額返還を求めている。
市とすれば交付金を返してくれさえすればよくて、団体内で会員の皆さん個人個人がどういうカタチで負担をするのかは関係ないと考えているのだろうか。
果たして山崎議員は漢気を見せて、全額自分持ちで返還するのだろうか。
しかしこれはよく考えてみると、交付金が支払われる仕組みにも問題があったのでないかとも思える。
山崎議員の肩を持つわけではないが、交付金の受給期限にもう少し余裕や幅を持たせられないかとも思うし、素人が業者からの大きな金額の請求を支払う事への負担を考えれば、自治振興事務所などの細かなケアも必要なのではないかとも思う。
これは今回のこの事件からの教訓として、市側は反省し対策を考えなければならないことだと思う。
新聞記事では、このような市側にも求められるであろう反省や次の対策が全く見られない。
これはなんだか不思議な感じだ。
この一件のようなことが他の地域自治区でもないかどうか調査するのが本筋のような気もするが、そういう動きも見られない。
この辺りに先ほどの「一罰百戒」の意味深さがあるような気がするのだが。
長くなったので次回。
中日新聞

東愛知新聞

東日新聞

新城市は平成25年度(2013年度)、平成26年度(2014年度)分の交付金、合わせて93万6千円の返還を求めて、団体もこれに応じる、となったようだ。
「悪いコトしたんだから金を返せよな」というセリフは個人と個人の間柄なら説得力があるけれども、市という公的な団体が個人に「金返せ」と言うからにはその根拠となるモノ、つまり法律やら条令がなくてはならないだろう。
これは東日新聞の記事に書いてあって、「新城市補助金等交付規則」なるモノが返金を求める根拠になるらしい。
ではその返金を求める理由だが、
東日
「事業費用の支払いが完了せずに領収書を作成したのは交付金の交付要件から逸脱し(1)、信義則に反する(2)」
東愛知
「提出された領収書は事業が完了していないにもかかわらず、完了したかのように作成された(1)」
「市民に対する信頼を揺るがすものである(2)」
中日
「交付金の受給期限に間に合わせるため、虚偽の日付が記載された領収書を市に提出していた(1)」
抜き書きしてみたが、1番の理由は「虚偽の領収書」なのがわかる。
山崎議員は「仮の領収書」と説明していたらしいが、市は「虚偽の領収書」と判断したらしい。
(つまり山崎議員の領収書の説明はウソだと、新城市は判断したってことだよね)
もう一つの理由は「 信義則に反する 」。
東日新聞ではそのまんま「信義則」という言葉が使われ、東愛知新聞では「市民に対する信頼を揺るがすもの」=「信義則に反する」という使われ方だろうか。
実は初めて聞いた「信義則」なる言葉。
手持ちの電子辞書(広辞苑)で調べてみると
信義則=信義誠実の原則の略称。私法上、権利の行使や義務の履行のあたり、社会生活を営む者として、相手方の信頼や期待を裏切らないように誠意をもって行動することを求める法理。
解説文も難しい(苦笑。 「私法」ってなんだ?
「私法」 → 私益または対等な市民の生活関係について規定した民法・商法などの法律の総称。
「公法」 → 国や地方公共団の組織・権限または公益に関する法の総称。
法律的な言葉を正しく扱うにはどうしたらよいかワカランので、一般市民が辞書を引いたレベルで解釈してみよう。
つまり、信義則てのは「私法」に属する考え方のようだ。
今回の交付金のことに当てはめてみれば、団体と市とは、「対等な市民の生活関係」ということなのだろう。
対等故に、団体(市民)は提出する書類について、市の信頼を裏切らないよう誠意をもって作成しなくてはならず、市も提出された書類は信頼して誠実に(期限を守るとか金額も正しくとか)交付金を交付しなくてはならない、ということだろうか。
で、山崎議員属する団体は市の信頼を裏切る書類作成を行なった、つまり「信義則に反した」と、こういう事だろうかね。
そして全額返還を求めたというわけか。
その全額返還にも市長は難しい言葉を添えていて、「『 一罰百戒 』の意を込めて全額返還を求めることにした」。
この「一罰百戒」も辞書で調べてみると、
一人を罰して、多くの人の戒めとすること。
ふーむ、これはちょっと意味深な感じだ。
虚偽の領収書作成は山崎議員がやったことなのは明白なので、全額返還も山崎議員がそれを負うのだろう、と考えてしまうが、新聞をよく読めば市は「団体」に全額返還を求めている。
市とすれば交付金を返してくれさえすればよくて、団体内で会員の皆さん個人個人がどういうカタチで負担をするのかは関係ないと考えているのだろうか。
果たして山崎議員は漢気を見せて、全額自分持ちで返還するのだろうか。
しかしこれはよく考えてみると、交付金が支払われる仕組みにも問題があったのでないかとも思える。
山崎議員の肩を持つわけではないが、交付金の受給期限にもう少し余裕や幅を持たせられないかとも思うし、素人が業者からの大きな金額の請求を支払う事への負担を考えれば、自治振興事務所などの細かなケアも必要なのではないかとも思う。
これは今回のこの事件からの教訓として、市側は反省し対策を考えなければならないことだと思う。
新聞記事では、このような市側にも求められるであろう反省や次の対策が全く見られない。
これはなんだか不思議な感じだ。
この一件のようなことが他の地域自治区でもないかどうか調査するのが本筋のような気もするが、そういう動きも見られない。
この辺りに先ほどの「一罰百戒」の意味深さがあるような気がするのだが。
長くなったので次回。