山崎市議、交付金不適切申請の件 6
例えばの話。
家庭内で長男がうっかりお皿を落として割ってしまった。
母はなぜ割ってしまったのかを長男に聞いた。
長男はこう答えた。
「謝罪はします。ごめんなさい。」
「しかし、なぜ皿を割ってしまったのか。つまり皿を割るに至った詳細な経過。」
「そして次に皿を割らないようにするのはどうしたらよいか。その十分な検討。」
「この2点について私が述べたところで、どうせ“本人の口から真実が語られるとは思えない”、とか “ウソか本当かなんてこちらには判断つかない”などと母に言われるに決まってる。」
「なので、この2点については父にお任せしたいと思います。」
「父の調査が終わってから、改めて会見を述べさせていただきます。」
以後長男黙秘。その後反省の色なくソフトボールに興じる。
(https://twitter.com/Ken24Taki/status/981033051407839232)
母、唖然。
山崎議員の交付金不適切申請事件と、それに対する新城市議会の対応を例えてみましたよ。
長男は新城市議会、母は新城市民。
常識が通じなくなってきた最近の世の中、どうも根本から物事を問い直さなくてはならなくなったようだ。
上でリンクさせてもらったのは滝川市議のツイッター。
つぶやいているように、議会には自浄作用が求められるのが滝川議員の認識だ。
この前紹介させてもらった白井元市議のブログでも、やはり市議会としては「身内(山崎議員のこと)だからこそ真実を明らかに」、「市民への説明責任を果たす」など、議会としての自浄作用が必要なことを述べている。
同じく紹介させてもらった小野田議員のブログでも、
「市の調査結果を鵜呑みにするのではなく、今後、チェック機能を果たすための行動を起こす必要があると、私は考えます。」
と、市議会自体が行動を起こす必要を説いておられる。
これらの声に異論は無いし当然のことだと思うのだが、新城市議会全体としてはそうではないらしい。
一応、山崎議員は謝罪はした。この事件の経緯の説明もした。
しかしそれは市議会の中でしたことであって、正式に市民に対して行ったものではないと私は思っている。
上の例でいえば、長男(市議会)の脳みその中で行ったこと、と言えるだろう。
母(市民)には正式には謝っていないし、事の経緯も説明していない。
このブログを読んでいる方々は社会人である人も多いと思うが、仕事とかでミスをした時どうしてるだろうか。
常識的にはまず自ら謝るでしょ。
そして、次に同じようなミスをしないように自分なりに対処法を提示して、それに基づき上司などからアドバイスを受けて反省して次に活かすでしょ?
この“自分で”、というのが大事だと思うのだ。
そこに他者は誠意を感じるモノだし、自ら反省している姿を感じ取るものだ。
市議会にとって他者たる私たち市民は、市議会自らが市民に対して謝罪して、市議会自らが事の経緯を説明してくれる姿に、今回の山崎議員のしたことを彼個人の罪だけの問題にしていないことを感じ取れるのだと思う。
しかし今の市議会ときたら、調査は市にお任せで自ら行動せず、滝川市議のツイッターによれば4月3日にはソフトボール大会をのんびりやってたらしい。
一体市議会は自分たちをどう見られてると思っているのか。
今回の件は今まで新聞記事を中心に解釈してきた。
それは一般市民には新聞しか事件の内容を知りうることはできないだろうとの考えからだ。
しかしネット検索すれば、それ以上に内容を知ることができる。
お馴染みパパパさんのブログや、白井元市議のブログでは3月26日の全員協議会での出来事が事細かに書いてある。
この協議会では、定例会でこの事件を取り上げ質問した山田たつや議員や、この事件を細かに調査した澤田けいこ議員・加藤元市議の報告がなされたらしい。
その調査結果というのが驚きの内容で、山崎議員の説明とは食い違い新聞記事では書かれていない事が報告されたということだ。
「パパゲーノの夢」2018年03月27日の記事より「今日の中日新聞の読み方」
こちらを読んでみてください。
ここでもって少なくとも市議会議員には山崎議員の説明と、調査をした議員の説明との食い違いがあることだけはハッキリしたはずだ。
ならばここはパパパさんもご指摘の通り、その食い違いを調査することぐらいはしてもいいのではないか。
にも関わらず、市の調査を待つ、という市議会の姿勢。
自ら反省をするという、社会人ならば、いい大人ならば常識的な態度を取るべき時に取れないこの姿勢。
選挙があった11月からまだ半年経っていない。
家庭内で長男がうっかりお皿を落として割ってしまった。
母はなぜ割ってしまったのかを長男に聞いた。
長男はこう答えた。
「謝罪はします。ごめんなさい。」
「しかし、なぜ皿を割ってしまったのか。つまり皿を割るに至った詳細な経過。」
「そして次に皿を割らないようにするのはどうしたらよいか。その十分な検討。」
「この2点について私が述べたところで、どうせ“本人の口から真実が語られるとは思えない”、とか “ウソか本当かなんてこちらには判断つかない”などと母に言われるに決まってる。」
「なので、この2点については父にお任せしたいと思います。」
「父の調査が終わってから、改めて会見を述べさせていただきます。」
以後長男黙秘。その後反省の色なくソフトボールに興じる。
(https://twitter.com/Ken24Taki/status/981033051407839232)
母、唖然。
山崎議員の交付金不適切申請事件と、それに対する新城市議会の対応を例えてみましたよ。
長男は新城市議会、母は新城市民。
常識が通じなくなってきた最近の世の中、どうも根本から物事を問い直さなくてはならなくなったようだ。
上でリンクさせてもらったのは滝川市議のツイッター。
つぶやいているように、議会には自浄作用が求められるのが滝川議員の認識だ。
この前紹介させてもらった白井元市議のブログでも、やはり市議会としては「身内(山崎議員のこと)だからこそ真実を明らかに」、「市民への説明責任を果たす」など、議会としての自浄作用が必要なことを述べている。
同じく紹介させてもらった小野田議員のブログでも、
「市の調査結果を鵜呑みにするのではなく、今後、チェック機能を果たすための行動を起こす必要があると、私は考えます。」
と、市議会自体が行動を起こす必要を説いておられる。
これらの声に異論は無いし当然のことだと思うのだが、新城市議会全体としてはそうではないらしい。
一応、山崎議員は謝罪はした。この事件の経緯の説明もした。
しかしそれは市議会の中でしたことであって、正式に市民に対して行ったものではないと私は思っている。
上の例でいえば、長男(市議会)の脳みその中で行ったこと、と言えるだろう。
母(市民)には正式には謝っていないし、事の経緯も説明していない。
このブログを読んでいる方々は社会人である人も多いと思うが、仕事とかでミスをした時どうしてるだろうか。
常識的にはまず自ら謝るでしょ。
そして、次に同じようなミスをしないように自分なりに対処法を提示して、それに基づき上司などからアドバイスを受けて反省して次に活かすでしょ?
この“自分で”、というのが大事だと思うのだ。
そこに他者は誠意を感じるモノだし、自ら反省している姿を感じ取るものだ。
市議会にとって他者たる私たち市民は、市議会自らが市民に対して謝罪して、市議会自らが事の経緯を説明してくれる姿に、今回の山崎議員のしたことを彼個人の罪だけの問題にしていないことを感じ取れるのだと思う。
しかし今の市議会ときたら、調査は市にお任せで自ら行動せず、滝川市議のツイッターによれば4月3日にはソフトボール大会をのんびりやってたらしい。
一体市議会は自分たちをどう見られてると思っているのか。
今回の件は今まで新聞記事を中心に解釈してきた。
それは一般市民には新聞しか事件の内容を知りうることはできないだろうとの考えからだ。
しかしネット検索すれば、それ以上に内容を知ることができる。
お馴染みパパパさんのブログや、白井元市議のブログでは3月26日の全員協議会での出来事が事細かに書いてある。
この協議会では、定例会でこの事件を取り上げ質問した山田たつや議員や、この事件を細かに調査した澤田けいこ議員・加藤元市議の報告がなされたらしい。
その調査結果というのが驚きの内容で、山崎議員の説明とは食い違い新聞記事では書かれていない事が報告されたということだ。
「パパゲーノの夢」2018年03月27日の記事より「今日の中日新聞の読み方」
こちらを読んでみてください。
ここでもって少なくとも市議会議員には山崎議員の説明と、調査をした議員の説明との食い違いがあることだけはハッキリしたはずだ。
ならばここはパパパさんもご指摘の通り、その食い違いを調査することぐらいはしてもいいのではないか。
にも関わらず、市の調査を待つ、という市議会の姿勢。
自ら反省をするという、社会人ならば、いい大人ならば常識的な態度を取るべき時に取れないこの姿勢。
選挙があった11月からまだ半年経っていない。